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August 2004

2004.08.28

敵は他にあらず

今朝は超々久しぶりに、物見山連に参加した。
最近、出稽古で馴染みになりつつある、オリンピック代表を擁立するほどの名門クラブチームから3名のゲストを迎え、接待するは我がチームのエース級の面々。
そこにぽつんと、自転車好きが混じってしまった疎外感もなくはないが、こんなメンバーで走れるのはレース以外のここでしか有り得ない。

予想より早くバックアタックをかましてしまったものの、何かすがすがしくチーム定番コースを走れて気分は爽快。

帰宅後の会話
女「どうだった?今日は誰が来たの?」
男「○○、××、△△と□□。それと練馬大根から若いゲスト衆が…」
女「皆、相変わらずだねー」
男「今日のメンツは、気印ばかりで、途中でぶち切れたよ。彼らは自分の敵ではないしね」
女「あなたの敵は、自分自身だものね」
男「.....」

2004.08.26

キズパワーパッド

今年3月頃から新・救急医療用具というコピーで販売されていたらしいが、近所の薬局で見つけ初めて知った。

素人判断ではあるが、個人的に非常に興味深い擦過傷の新しい創傷治療に最適なラップ材なのではないか?
擦過傷は自転車ではある程度避けられない頻発怪我のひとつなので、自転車仲間に朗報になればと思う。
ちなみにメーカーHPにあるように大きめサイズは極端な品薄らしいので、バンドエイドの中では高価(800円前後)だが、見つけたら買いでしょう。

尚、男は自転車で擦過傷を負った経験はまだ無い。が、練習時にはジャージには忍ばせておくことにした。


2004.08.24

「りくぜんたかた」

第19回南三陸サイクルロード「りくぜんたかた」に参戦。

まえがき
このレースは自転車を始めた頃から気になっていた。未知のエリア、あまりの遠さと、残暑厳しい季節もあり、これまで参戦することはなかった。今年は色々な障害もあり、レースへのモチベーションも低下気味。そんな環境に変化を求め、敢えてずっと気になっていたレースに参戦を決意したのは、申し込み締切日の7月20日であった。

結果
シニア40の部(40歳以上 男子45km)。DNF(途中リタイヤの意)。これまでも周回レースのルールで途中棄権を強いられたことはあったが、自らの判断でリタイヤを申し出たのはこれが初体験。一体何が、男をそうさせてしまったのか・・・・。リタイヤ後は想像を絶する自己嫌悪感に襲われ、後悔しきり。人生色々勉強させてくれます。

準備
真夏の炎天下連は男には逆効果であることは、数年前から気付いていた。特に今年の夏は連日の猛暑で、早朝連以外で外乗りは1ヵ月以上皆無に近い。従って短距離系を高めの負荷で走り、2週前からは朝連を意識して取り入れ、夏期休暇とした直前の木金曜と朝連を励行し、現地入りした前日のフルコース試走で仕上げ。

(以下9.11後記)
事前試走
現地待ち合わせの崎村グループ(本人と友人のディーン、アスリートSonomiママと彼らのお子様)が遅れている。到着まで1時間は掛かろうということで、コース前半は一人で行く。コース中最高勾配はスタートして約2kmの大石峠。歴史ある道路の峠は新しい自動車道路と違って比較的楽なのは何処も同じ。さらに距離も短くピークが見えるので気分的にも楽チン「これなら明日切れることもなかろう」。道の駅まで不慣れとは言え他の試走者の案内で戻り、崎村と合流しコース後半も走る。半島に出ると細かなアップダウンの連続であるが、勾配もそこそこまでで登りの距離も短く、ここでもピークが見えるので勢いで行ける。「これなら明日は結構楽しめるかも?」。確かに公道レースだが、やはりコース取りには苦労の後が見える。大きな通りを避け、裏道枝道を繋いでいる。

宿
隣町の大船渡に気の利いた民宿「菊水館」を取ってもらい、旬前の秋刀魚の刺身と地焼酎をたらふく戴く。レース前日なのに。

レース
そもそも、何の迷いも無く「シニア40歳以上」に申し込んだ。後に後悔したがそれは後のまつり。自転車(市民レース)を知らない方々は年齢クラス分けというのは普通に聞こえるだろうが、こと自転車ではそうとは限らない。そもそも40歳を越えて自転車レースを続けている人間は(男を除き)、大半が普通の中年では無い。
常勝の超人先生(但し50歳超)も居るし、他の「松ヶ丘'90」軍団も。それにここ数年に40歳台になったらしい実績豊富な選手の名前も見える。

スタート
エントリー順のグリッドは最後列。市役所前をスタートして国道に出るまでに前方にポジションを上げる。国道に出て程なくすると大石峠が始まる。前日の足応えもあってアウターで行く。集団は一塊だしペースも上がらない。良い展開だ。ピークを目の前にして少し遅れ始め集団の後方に。ここで焦らなかったのが全てだった。ピークを越える時の速度差が致命的なのは知っている。いわゆる目視の速度差以上に下りに入る時の速度差は大きく影響する。だからレースではピーク直前からさらに踏んでピークを越える時の速度低下に注意しなければならない。

挽回
下り始めてすぐ、集団から取り残されたことに気付いた。集団はもう100m以上前方を下っている。必至に踏む。珍しく70km/hを越えている。すぐに周囲の選手はいなくなった。まずい、一人だ。集団との差は見る見る開く。詰らない…
国道から逸れ、川沿いを海へ向かって下るが向かい風だ。力尽きる頃、競技審判車に追い越され、レースの最後尾であることも見限られてしまった。後続(と言っても恐らく一緒にピークを越えた選手達)を待ち、4名で協力しあって先を急ぐが、協力という意思疎通ができていない。

応援
12km過ぎに道の駅の裏手に戻るが、ここでは参加関係者の応援が多い。女房の姿も見えるが心配そうに応援してくれる。恐らく集団内に男の姿が確認できず心配していたことだろう。このまま最終走者まで確認できなければ、集団内で見失ったに過ぎなかったのに。

棄権を決意
意思疎通できない4名のまま半島を目指す。それでも一人の方は要領を心得ているようだったので、彼と協力しあって行けば違った結果もあったかも知れない。結局、男に力が無いのは良く判っているのだが、弱いながらに描いたシナリオと、目の前の現実との決定的な違いをこの日は受け入れられず、気力を失ってしまった。
19kmコースの分岐看板を見てメットキャップを取り、コースアウトした。あとは19kmコースを何とも表現できない自己嫌悪感を抱えながら、人目につかないようにひっそりとスタート地点に戻った。コース上は次グループのスタート準備でごった返していた。

あらためて思い返してみると、何も知らずに初めて出場したチャレンジロードの時と同じような打ちひしがれ方に似ていた。チャレンジの後は自分の能力を知り、力相応のシナリオを描いてきたので、毎回優勝には程遠くてもそれなりにレースを楽しんで来れたのだろう。何れにせよ、まだ自分自信が十分に理解できていなく、誤解や驕りのかたまりでやって来てしまった。自戒せねば。

2004.08.19

ドルチェット ダルバ 2001

イタリア ピエモンテ州 アルバ村?のドルチェット種のワインは、皆「ドルチェット・ダルバ」
って表示するみたいなので、詳細不明。というか、ラベルを廃棄してしまったので。南浦和「玉喜」で購入。悪くないが、次は買わない。

2004.08.15

先週の練習(と仕事)

8/09(月)道満朝連後、普通に勤務。17:00の便で千歳へ移動、札幌泊。
8/10(火)車で350km移動しながら、予定の3顧客訪問。夕方17:30の便で帰京。北海道は良い気候だった。
8/11(水)道満朝連。高速目の周回連。普通に勤務だが、訳あって肉体労働の日。高田馬場で仲間の新たな門出を祝い激励会+暑気払い。
8/12(木)朝連休息日。普通に勤務。
8/13(金)道満朝連。普通に勤務だが、京浜線は車両故障でダイヤが乱れ遅刻。でもさすがに電車はガラガラ。
8/14(土)お盆帰省で練習休息日。往路復路とも3時間超(普段は1.5時間)掛かり、かなり疲労。
8/15(日)朝は雨で休み。午後になって晴れてきたが・・・・・練習できず(というか、したくない気分が大)

2004.08.13

チーム・サインボード

チーム・サインボードを作った。

下は数年前に初めて作ったもの。黄色のマグネットシートの表面だけをアートナイフでカットして、表皮を丹念に剥がしラバーマグネットの生地を露出させ製作。

上は今回の新作。前回の剥がしの苦労に懲りたので、屋外用カッティングシートとスペーシング用のクリアシートで普通に製作。「物見山」のデザインロゴは新しいジャージのデザインに合わせた。こちらは、ほぼ同じ物を2枚作ったのでチーム員で使ってもらおうと思うが、誰も欲しがらないか?

もちろん素材はゴム磁石なので、磁性体のボンネットやルーフ、ドア、トランクリッドに簡単に貼り付けられ、高速走行でも飛ぶことはまず無い。

2004.08.08

MO+

8/7日(土)東京都現代美術館:企画展(日本漫画映画の全貌)に家族4人で出掛けた。
美術館に家族で行くのは、子供達が夏休みの時が殆どだ。恐らく学校などで「夏休みの過ごし方」のひとつとして奨励しているからだろう。
首都高が空いていれば、最寄の木場出口まで1時間は到底掛からない。ましてや首都高 さいたま新都心と東京が直結されたので、大宮バイパスの混雑に関わり無く、尚更早くなった・・・筈だったが、事故渋滞で2時間超のドライブになった。
展示そのものは日本アニメ草創期の代表作や当時の映像技術から、人気のジブリ名作まで。特別アニメファンでなくても2時間は飽きさせない。
原作者によるイメージ画(原画やセル画ではなく、ペンと水彩でさらっと描かれたもの)は美術品としての価値が高そうで、いったい幾らぐらいするのだろうと、下世話なことを考えてしまう、およそ美術館通いにはなれそうもない男であった。
今回の企画展示公式HPは日本漫画映画の全貌 -その誕生から「千と千尋の神隠し」、そして…。-


2004.08.06

ボルボ エアコンの不調

ボーっと過ごした昨日、数日前から気掛かりだったボルボのエアコン不調の原因を調べた。
不調と言ってもモードセレクターレバー(もちろん旧式のマニュアルエアコンなので)が最強クーラーモードから動かず、ファン強度と温度調整だけで使える。エアコン能力は3段切り替えなので、昼間の暑い時間帯に限って言えば使用に問題無いのだが・・・・

過去に一度だけ同様の症状があって、その時はディーラーに修理を依頼したが、パーツ代より工賃がべらぼうだったことを記憶している。ならば、今度は自分で交換しようか・・・・・
これまで何度かセンターコンソール部分の解体を試みた結果、手順の理解は深くなっている。
男のボルボ、エアコンモードのセレクタレバーは温調ワイヤー(メカ式)と電気スイッチと風路切り替え(空圧式)を結構複雑な構造で連結されているが、理屈が分かり、部品が取り出せれば簡単。欧州車の常ではあるが、プラスチックスナップ部品が多用されているので、折らないように注意が必要・・・・であるが、気温が高い夏場は比較的安全。

それでも四苦八苦、最後は必須の6-7mmのボックスドライバーが手元に無く、諦めようとしたが、車載工具の差し替えドライバーを見たら、ビットサイズが6.35mm(1/4インチ)。なるほど、こんなところもよく考えられてますねぇ。
1時間後、問題であった「バキュームバルブ」の取り出しに成功。やはりプラ部品の爪折れが原因で、レバーと干渉が起こり、物理的に作動不能な状況だった。

ディーラーに部品在庫を確認したら、これがまた一仕事。口頭で説明しても彼は理解できず、結局FAXで該当部分の修理マニュアルを入れてもらい、部品番号を特定。在庫が無い上に、@9,700に驚き。折れたのは指先ほどの小さい部品だが、バルブAssyでの交換なので仕方ないのか。
結局手元のボルトやらで応急修理して復旧。まだ、パーツは未だ発注していないが、再度壊れてからでも遅くはない。今回、この部分は完全にマスターしたから。

ボーっと過ごした筈の休暇だが、こんなこと位は出来たのだ。

2004.08.01

濁音(ばの例), 半濁音(ぱ の例)

素晴らしい(と思う)発見をした。

以前からパソコンでは、表記された濁音と半濁音が小さくて見づらく、一体どっちなんだろうと不便に思っていた。間違ってはいけない時は文字サイズを変更して確認していたが、それでも「てんてん」か「まる」か判別できない場合が多い。

表示に使用する日本語フォントによっても違うのだろうが、てんてんが縦に並んでいるのが「濁音」で斜めに並んでいるのが「半濁音」

だから、「ぱぁべ」はPaVeであって、VaPeではない。

2004 JCRCトライザバンク大宮

2004.08.01 JCRC(特)トライザバンク大宮双輪場
昨年に続き、個人タイムトライアル500m/1000mに参加。
結果:
500TT  42"33  16位/34名 最高52.5km/h 平均42.5km/h
1000TT 1'27"36 18位/40名 最高47.9km/h 平均41.2km/h
バイク(実車):
LOOK KG486 52×16T SHAMAL+VeloFlexPave22C(8 bar.)

昨年の反省を生かし、ローラー持参で車でアクセス。
1年振りのバンク。去年の経験があるが、まだまだ数十周の経験に過ぎない。試走でカントのきつい走路勘やコーナーでの立ち漕ぎ勘を戻す。
今日の500mは足慣らしのつもりで参加。目標は42秒を切ること。
昨年よりは最後のタレは少ない配分で走れた。
タイムは42.33。昨年比-0.2秒。

本気のつもりの1000m。目標は25秒台。
1周目、スタート加速、シッティングからの速度維持、結構上手くいっている。
2周目、600mまでは早かった(筈)だが、2周目の2コーナー出口で急に風圧を感じ失速。我慢我慢のバックストレート、両足がかなり酸っぱい。3コーナーではレコードライン内を右に左にフラフラと走る。4コーナーを抜け、立ち漕ぎで再度加速するが、もう一杯一杯ですぐに座る。何も出来ぬままゴール。600m以降の「黄金のタレ」を改善しないと25秒台は無理そうだ。
タイムは1'27"36。昨年比+0.3秒。

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