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December 2003

2003.12.31

2003年を振り返って

駄文の垂れ流しは相変わらずだが、HP開設初年2002年度の205話に続き2003年度は179話の公開日記となった。2002年度のトップページ4,700訪問に対し、本年度で累計11,770訪問に。

179日記から2003年を振り返ると、今年の主たるニュースは....

佑介:専門学校に進学。1年宅浪の末、進路を「保育士」に
佑介:運転免許取得
宏太:オーストラリア、リズモー市に短期ホームステイ
孝仁:小学校卒業し中学進学。軟式テニス部に
明 :新車 LOOK KG486 購入
明 :Bフレッツ導入。スピードネット解約
明 :RAKUWAネックを愛用開始
明 :網膜裂孔と診断されレーザー治療を施す
車 :愛車VOLVOが凹まされる
チーム物見山:新チームジャージ、デザイン参画。来春お披露目
仕事:UOAプロジェクト完遂
社会:さいたま市、政令指定都市に
社会:高坂監督、自転車アニメ「茄子アンダルシアの夏」全国公開

今年もいよいよ大晦日。
来年も「ブルブル日記」およびホームページを「チーム物見山」共々宜しくお願いします。

2003.12.30

仕事納め

年内最後の勤務を終了。
例年に無く出勤者が少ない最終日だった。当然ながら電話も殆ど無く、プチ引越し先の片付けは完了。

これで、新年スタートダッシュの環境は整った。が、ゴールが示されていないので、取り敢えず様子見のスタートとなる。

昼飯は多くのレストランが連休に入っていて往生し、なんと数年ぶりの「天重」。結構有名な天ぷら専門店だが、美味く感じなかった。

目の具合はあまり良くない。もしや事の外、大事になっているのか?心配になってきた。

年内最後の勤務だが

身の回りの片付け以外、仕事という仕事は無い。
しかし契約社員の管理者という立場で誰かが出勤を強いられる。それなら.....直接管理下の契約社員だけでも一斉休暇にしようとしたが、営業部門から却下された。

もともと電話の少ない日だが、15:00頃には一本も鳴らなくなるのが普通だ。そうなると皆ぼちぼち帰宅し始める。納会という習わしは無くなって久しい。

2003.12.27

網膜裂孔 その3 再手術。裂孔は二つ有った。

経過検診の結果、出血は引いてきているとのこと。自覚症状はあまり変っていない。前回のレーザー光凝固は上手く付いていたらしいのだが.......

出血が引いた部位に別のもう一つのかぎ裂き状の裂孔が有ることが告げられた。場所、大きさ、形状も、網膜剥離に進行しやすい物だと言う。この日の午後から4日まで休診になることも有り、休診の午後に再手術を薦められる。但し今度はレーザーを撃ち難い位置なので、剥離に至らないように光凝固で最善を尽くし、眼底検査で経過を観察する。それ以上の処置が必要な場合は大病院での手術も必要になるかもしれないという。

一旦帰宅し、医院からの連絡を待って、再手術(正しくは幹部が違うので2回目の手術)をお願いした。

27発目を撃ったところで中断し、散瞳剤を追加。やはり撃ち難いとのこと。10分経過後、数発撃ってまた中断。黒目を最大まで開きたいとのこと。さらに数分待ち、先生が「これなら出来そうだ」ということで再度撃ち始める。もう数はわからなくなっていたが全部で50発を超えていた。前回が約40発だったので今回の方が重篤なのだろう。先生はご自身で気になっていた部分の凝固は上手く出来たことを図で説明をした。

裂孔から網膜剥離に至る確立は、統計では1/10000。しかし先生の心配される様子からは、今回の場合はもっと高い感じがする。万が一のため網膜剥離の自覚症状の説明を受けて帰宅。

次の検診までは外因的安静が必要だ。

2003.12.26

網膜裂孔 その2

自転車連がこの網膜裂孔の誘因なら一大事。

二度と自転車に乗れないかも知れないし、LOOKその他諸々も手放さねばならない。この点はどうしてもはっきりさせなければならないので、何度も先生に確認したが、答えはNO!。ボクシングなどの格闘技や外傷以外では有り得ないとのこと。

唯一の考えられる要因は、何と年齢だそうな。

練習熱心な読者の皆さん、心置きなく練習に励んで下さい。男も症状が消えるまで数日は自重しますが、1週間程度で復活するでしょう。

でも、自転車で本当に追い込んでる時は、いつも目も胃も飛び出しそうな感じがするので、心配は心配である。男の解釈が間違っていたら、また何か本件に関して情報をお持ちの方は、そっと教えて下さい。

とても感じの良い若くかわいい女医さんとアシスタントが居る眼科は
http://www007.upp.so-net.ne.jp/shibuya-ganka/

網膜裂孔、網膜剥離の説明は
http://www.aki-net.co.jp/hitomi/03/part4/03_04_002_06.html

網膜裂孔 その1

湯河原合宿の帰路から、左目に違和感を感じ始めていた。
もともと左の視力(近視)は右より低く、乱視もある。左目が少しだけぼけて見える程度の違和感であって、大観山アタックで汗が目に入り充血しているせいだと思っていた。数日経ってもこの症状は続き、気にし始めた。夜道では照明の輪郭がぼやっとしているし、明るい空を見上げると微少なゴミのようなものが見える(いわゆる飛蚊症?)。

近所に評判の目医者が開業したこともあって、念のため検査通院。
自覚症状の原因は眼底の出血によるものであり。出血の原因は網膜裂孔という、いかにも怖そうな症名を告げられた。放っておくと網膜剥離、失明にも至ると説明を受け、さすがにショックである。

正直僅かな予備知識があった。少し前に女房が「飛蚊症」と診断され、その症例と影響など色々調べていた。幸いにして女房のは手術を必要とするもので無かったが、男の場合は少し違っていた。「裂孔が広がらないように、出来るだけ早い手術をお薦めします。手術はレーザー光凝固なので15分位掛りますが、前準備を含めると30分以上は見て頂かないと...どうされますか?」
男は「出来るなら、すぐにお願いします。普遍性?術後?危険性?」などなど、自然にインフォームドコンセント状態。納得のうえ同意書にサインし、費用(結構高い)を知らされ、散瞳剤と麻酔剤?を点眼し黒目が十分に開いたら、即手術。

レーザーは緑色の有色レーザーで、目玉大程ある大きなコンタクトレンズ越しに患部を狙ってパルス発射されるのが判る。痛みは殆ど無いが、眩しいのと、瞳に接したレンズが有るのに「上を、右を、左下を.....」と真っ暗の中で視線を変えるのが大変。バシッ1発、バシッ2発と最初は指折り数えていたが、30発目前後で判らなくなった。目の奥に僅かに鈍痛を感じ始めた頃には終了を告げられた。

2003.12.22

湯河原合宿

男は毎年この季節になるとロード月例合宿に参加するようにしている。
シーズン中は毎週それなりの強度で練習を続けるのだが、流石に12月から1月は練習の仕方をシーズン中と少し変えている仲間も多く、レースも殆ど無いので、和気あいあいに1泊2日を充実した気分で自転車に乗って過ごせる。
どこで乗っても寒く辛い季節なので少しでも暖かく、仲間と共に、また練習後の癒しが温泉と酒から得ることが出来るように伊豆湯河原温泉を定宿にするようになって久しいらしいが、男は3シーズン目の新参長老である。
参加者は関東一円から早朝に出発し、初日は9:00に宿をスタートし、河津や下田、天城峠越えと毎月コースが変る。二日目は真鶴半島を周回するコースでウォームアップの後、大観山(だいかんざん)まで20km弱の約1000mヒルクライム(椿ライン)を各個人ペースで登る。
湯河原は真鶴のすぐ先なので、特に帰路のアクセスにも都合がよい。日曜に伊豆から都心に戻る場合は、時間を誤ると渋滞がひどいので、これは重要な要素である。
今シーズンは好天で始まり幸先が良い。今シーズンは120km超のロングランは数える程しかなかったので、140kmは流石に疲れたが、環境や年齢の違う皆と一緒なので本当に楽しい。大観山はじっくり1時間30分掛けて登ろうと目標を立てた通り、1時間29分58秒。我ながら精度良すぎる記録(中間計時は見ていない)だが、3月までに過去のベストタイムまで戻せるのだろうか?

2003.12.19

タグ

男は数年振りにコートを買った。
去年は永年愛用のレザーコートやグランドコートで間に合わせている内に暖かくなってしまい、買う機会を逸した。
歳相応やTPOを考えるとやはり「カシミヤ」だ。

カシミヤやアンゴラはウールのスーツと同様に袖口に品質を誇示する豪華なタグが付くことが多い。

この季節になと、特に女性の方にこのタグを付けたまま着用しているのを少なからず見かける。昨日も朝の電車でアンゴラのロングコートを纏った、頭のてっぺんからつま先まで比較的整った女性を見た。

これって、最近の着方なのだろうか?それとも一人暮らしのお登りさんで、知らないだけなのだろうか??真実を知っていたらそっと教えて欲しい。

2003.12.15

クリスマスカード

思い掛けない方からカードが送られた。

てっきり日本に居るものと思っていたが、家族でアメリカに渡り8ヶ月とのこと。

皆、色々な環境で頑張っているんだなぁ。

2003.12.12

タッチ・アンド・ゴー

次男「お父ちゃん、タッチ・アンド・ゴーって何の為の訓練?」
(注記:最近「お父さん」にかわり「お父ちゃん」と照れ隠し気味に呼ばれることが増えた)
男「艦上着陸のための訓練だよ。着陸に失敗すると海に落ちちゃうからね。着陸はエンジン出力を目一杯絞って補助翼も使ってくるから、急激なフルスロットル離陸は難しいらしいよ」
次男「へぇ~(でも何で?ってきっと思ってたに違いない)」

疑問のきっかけになった新聞を見て男はやはり疑問に思った。そこには市街地の上空で急旋回訓練しているC130の写真があった。
C130って、艦上離着陸出来るのかな?ターボプロップ輸送機だし、聞いたことないな。

出社後も気になってニュース記事を調べた。予想した通り物騒な記事があった。着陸時、地表からロケット弾などで狙われることを想定した訓練のようだ。

【イラク派遣が決まった航空自衛隊小牧基地(愛知県小牧市)所属のC130輸送機が、基地に隣接する名古屋空港の滑走路と一帯の上空で、急旋回しての急降下や地面に車輪をつけてすぐに飛び立つ「タッチ・アンド・ゴー」の訓練を繰り返している。急旋回しての着陸は、操縦士が滑走路の安全を目視できるためだが、今回の訓練には、地上からの攻撃に備える意味もあるという。】

2003.12.11

ライオン

新宿で待ち合わせた、昨夜のこと。

男:今夜、何処で何時♪
女:6:30に東口の三越とライオンの前。
男:6:30はぎりぎりちょっときついけど7:00にはならない。
女:了解。近くに来たら電話して♪

女は三越のライオン(像)の前。のつもりで言ったらしいが、男は何の迷いも無く路地を隔てたライオン(ビアホール)前の三越側に立って待った。

待ち合わせは成功したが、三越の全てにライオン像ってあるのか?知らなかった。写真は本店のライオン像。

104円

昭和32年発行の100円硬貨はさぞ枚数が少ないだろうから、希少価値で高値が.....
ついていませんね。何でだろう?
発行初年で年内発行期間20日ほどしかないのに、消費税も越えられず、104円が古銭商での相場みたい。

2003.12.10

百円玉の日

つまらない記念日がどこかで誰かに登録申請されているらしいが、今日は「百円玉の日」。

1957年(昭和32年)の今日、板垣退助の肖像が描かれていた旧百円札に代わって百円玉が登場したということを、今朝はじめて知らされた。

これまでも、これからも庶民感のある硬貨だが、1957年というのを聞いて、親近感が増した。

2003.12.09

好調の持続期間

TD沖縄前後を今シーズンのピークに調整できたとすれば、その後の1ヵ月、最初の2週間は週末に軽く乗り、その後の2週間はまったく乗らなかった。

今シーズンの場合、沖縄の2週間後まではそれまでの好調を実感できた。3週間目の週末は乗れなかったこともあるが、平衡状態だったと思う。4週間目は、ほぼ1週間に亘り両足の筋肉痛が取れず、毎夜セルフマッサージやストレッチを必要とした。

そしてJCRC最終戦に参加して実感した。明らかに体調は下降線に入っていた。ローラーアップでは心拍の低下に時間が掛かり、最大能力を継続できる絶対時間が短くなっている。

科学的根拠はなく自分の感覚からの判定だが、男の場合ピーク後2週間以内が目安のようだ。

2003.12.07

今シーズン最後のレース(下総)無事終わりました。

朝の内、個人TTだけは雨が少し残ったが、他はほぼ曇天。前日の雨予報は外れ、まずまずのコンディション。帰路に着く頃は晴れ間も覗いた。
個人TTは初めての逆回り(右回り)となり、描いていたシナリオが崩れ調子悪い。逆回りは、初の試みなので条件は皆同じ。

今シーズン最後のレースも落車せず、無事終了。
個人TT終了直後は、今年最高の気持ち悪さと、足全体がボワーッとし、苦痛で暫く歩くことすら出来ない。乳酸値を測ってみたかった。

まずは、結果速報。

・個人TT(タイムトライアル 1.5km)
47位(2分28秒96、平均36.0km/h)

・マスドロード(1.5km×10周=15km)
D12位(23分20秒くらい、平均38.6km/h)

・チームTT(1.5km×4周=6km)
物見山A:小谷A、水田B、細沼E、松井D
5位相当(混成チームによるオープン参加)。
計算タイム 8分50秒99(クラスハンデ-20秒)
実測タイム 9分10秒99(平均39.3km/h)

2003.12.05

今シーズン最後のレース

明日はいよいよ今シーズン最後のレース。
天気はいまひとつの予報だが、降っても小降りであってほしいし、風も弱くあって欲しい。

個人TTと、チームTTとマスドレース。年間表彰とチーム会議、BSの講習会と忙しい一日になりそうだ。

2003.12.03

ポラールのリサイクル

ポラールの心拍センサーは電池交換が出来なく、使い捨て設計だ。完全防水のための最善の策だと思うが、男は少しだけ勿体無いと思った。新型になったセンサーの評判もあまり良くないらしいので尚更だ。結果を恐れず、暇に任せて外科的手術で交換してみた。

詳細は自転車部屋までどうぞ。
これまで自力で交換したという情報と、電池のおおまかな位置情報までは得ていたが、聞くとやるとでは大違いなのであった。

後日談:どうも失敗したようです。原因は?ですが、普通の心拍域はOKでしたが、レース中はバグってました。やはり7,000円は投資しないといけないようです。

2003.12.02

大地震

珍しく記憶に残る夢を見た。

遂に高層ビル勤務中に大地震がやってきた。誰しも「これは本物」「マジでやばい」「死ぬかも」と直感するような揺れで始まり......
やがてビルは大きく傾き始め、人もろとも地表に向かって倒れていく....

男はとっさに携帯で家族に連絡する。なぜが、会議電話のように一本の電話で皆と同時通話でき、便利だった。
これから起こりそうなこと。何日掛かっても、兎に角焦らず諦めずに生き抜くこと。必ず逢えること。倒れ始めているからもう話せないこと.....

やがてビルはタイタニック状態で、下層階から徐々に崩れて....

11月中に大地震が起こるという話を何度か聞かされていたのが夢を誘引した原因だろう。12月に入ったので予知は外れたことになるが、未準備の「避難セット」を、我家にも用意しようか。

2003.12.01

物BBQは中止に

というわけでしたが、残念ながら「物BBQ」は男の判定で中止を決定した。

結果的には大人の判断だったと思うが、開催時間を後ろにずらせば出来なくも無かったか。
一時間以上も開催可否の検討をした割りには、決定を心待ちにしている筈の仲間の反応が薄く、いささか「独り相撲」だったか.......

話し変って、二男との携帯メールを披露。

二男「今、○○。これからピョン吉」
男「二百海里」

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