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March 2003

2003.03.29

子供と遊ぶということ

昨夜寝る前のこと、男はハッとさせられた。思いもよらぬことだった。

連れ合いは男の自転車熱には賛同してくれてるし、協力もしてくれる。
子供たちも毎週末休まず練習に出掛ける男を関心の心持ちの様子である。

しかし、「たかと遊ぶこと少なくなったねぇ。ゆうすけやこうたが6年生の頃は良く遊んだり出掛けたりしたよ」
最近は以前に比べ帰宅も遅くなりがちで、晩酌とパソコンの並行動作が常となりつつある。それ故会話も少ないと言うのだ。

男が毎週末を自転車に費やすようになったり、居間でEメールやインターネットが接続できるようにしたのは、ここ3年ないし1年位なので、あながち的を射た指摘だ。

断じて、男は逃避している訳でもないし、連れ合いも子供も「自転車もそこそこにして、もっと関わってほしい」と言っている訳ではないのだが、ハッとさせられた一言であった。

2003.03.26

今日はめっきり春めいて

男はこの冬初めてコートを脱いだ。

今日はスーツで丁度良い気候。帰路、最寄の駅を降り家路に向かうときに左手をズボンのポケットに入れた。

指先に堅く絞まった腿があたる。かってこんなことに気付いたことがあっただろうか?これまでにない、良い感覚なのでモゾモゾとスリスリしながら歩く。傍から気付かれたら変に思われるに違いない。

膝頭を被う皮膚も脂肪が殆ど無くなってきた。
依然遅々としたペースだが、足回りは数年前に比べ様変わりしてきた実感がある。

2003.03.25

会議の延期

4連休後は、リジョナル・ゲスト(RegionalとはAP地域を統括する我社の地域別親会社みたいな意味で使用しています)との会議が前々から予定されていて、男も11:000頃からの出番が予定されていた。

先週末のイラク開戦で、48時間の海外移動禁止令がグループ全社に発令されていたのが、延期されたため彼らは足止めを食らい会議も延期に。

会議は中止にならないので、やがては復活するのだが、取り敢えずの延期は嬉しい。

2003.03.24

卒業式

今日は男の末息子の卒業式であった。

ここ数年来、子供達には男の転職や引越しなどで、転校を強いてしまい本当に申し訳なく思う。全ては家族の為、熟考の結果なので理解して欲しい。かくいう息子も幼稚園で転園、小学校で転校そして卒業と相成った。男の心配を他所に、息子達は移動の都度上手く順応し、よく成長してくれた。これで暫くのあいだ男の家庭から小学校という場が遠い存在となる。

街中の小学校のせいだろう、2クラスという小規模な卒業式。ひとりひとり壇上で将来の希望や夢を宣誓してから証書をいただく。

最頻出だったのは中学校で新しい科目「英語」「数学」を部活と共に頑張るというもの。小学生の頃はまだ自己主張が十分でなく同じ主張に陥りやすいのだろう。これは仕方ないし、目前に迫った希望なので悪くない。気になるのは「数学」を算数と別格に扱っている点。確かに算術と数学は違うのかもしれないが、実態は?中学以降に「数学」嫌いが増え始めるのもこんなところから来ているとしたら問題だ。
次に多かったのが、将来の目標の為に、とにかく勉強を頑張るというのもの。小さいのにしたたかだが、最高学位を取った後でも、進路を決められないという現実を知らせてあげたい。

野球選手。これは大リーグ移籍やイチロー効果であり、日本のプロ野球が何か変った訳ではないだろう。一時期のサッカー熱は消え失せ、この学校ではたった一人がサッカー選手を夢見ていた。予備軍はもっと多い筈だが、サッカー熱が下がっているのは事実。
変ったところは、鉄道関係、車掌さん。JRの社宅が学区内にあるので自然の摂理。JRに勤めるお父さん方は羨ましい。サラリーマン家庭で後を継ぎたいというのは珍しいと思うのだが。

少数派ではあるが、小説家、作家、漫画家が各1名。保母さん保育士、学校の先生、を合わせて数名。英語を頑張ってアメリカ留学が2名。シスオペが1名。シスオペの仕事知ってるのか?
「中学生になったら誰からも信頼される大人になりたい」という子もいた。友達たくさん作って思い出作り、派が若干名。

さて、男の末息子はどれを宣誓したのか?
春からは中学生だぞ。男はそこで部活三昧の3年間...昔は皆そうだったのだが、昨今は先生がサラリーマン化しているので色々と難しいらしい。男は末息子に自信を持てる何かに没頭して欲しいと思っているが、はてさてどうなることか?

2003.03.22

お彼岸ラン

昨日の彼岸のこと。
朝から「暑さ寒さも....」を予感させる好天が前日から予想されていたうえ、昨年亡くなってしまった義母の墓参りに帰省することになっていた。ならば、往路は自転車しかない。とは言え、その義母の弔事のために何度か走った、荒川道+熊谷+太田、東北道側道+渡良瀬道のパターンはそろそろ飽きた。以前から寄井-深谷-新田の経路はそれ程遠回りでも無いうえ東秩父から寄居は何度か走っているし、殆ど北上一直線のつるっぺた路。赤城下ろしがなければ平気の平左。円良田湖経由も可能だが、少し西に行き過ぎだし土地鑑も少ない。

という整理がついたのが当日の朝。ならば荒川遡上隊がいるではないかと、急いで準備。しかして出発は8:00ちょうど。時間厳守が染み付いている隊は某集合地点をほぼ同時に出発済みであることは明らかなり。
家から集合地点まで約15分、単独でも9:30までに物駐に着かねば....少しでも先を急ぎ、あわよくば途中合流を目論見、開平橋まで一般道を進む。街中では追い風基調であったが、郊外に出るといつものように向かい風。結局わが隊は視界に入らず単独で物駐に到着。自宅から33kmで1時間19分、少しづつ走れるようになっています。

今日はお山のLSDと聞いていたので、皆の行き先を尋ねると「....」。小川、寄井方面ならご一緒できますがという提案が受け入れられ、都幾川村、松郷、小川、東秩父、寄居(補給)と進むことに。自分だけ表松郷を選びピークで横松郷組最後尾まで待つこと5分で再スタート。この日は奈良さんが先頭で下ってきました。ぼちぼち調子を上げてきているようです。

その後は楽なペースで淡々と進み、55分で寄井のampmで補給と地図読みのため15分の小休止。帰省までのルートを頭に刷り込み、皆と別れて北上開始。向かい風ではあるが、強くなく気温も上がってきて快調ペースで進む。ざっと見積もった残り30kmは甘く、42kmの道のりを1時間47分、平均26km/hと、この日区間最高を記録。全行程115kmを休憩込みで5時間15分の苦しくない旅でした。

この日は方々で渋滞気味だったらしく、義兄たちも予定より大きく遅れて到着。その後皆で墓参りし、我家も夕方には現地を出たが、車は多く、さらに佐野藤岡IC近くにできた「プレミアムアウトレット」による局部渋滞。東北道も停止しない程度の渋滞であり、復路のほうが疲労度高い1日でした。

2003.03.17

新チェーンオイル第1報

男は今期最後の「湯河原」合宿3月度に参加した。2月度に続き、今期はこれで2度目の参加であり、通期では4度目になった。
詳細は別ページ「合宿レポート」に掲載。ご興味ある方はどうぞ。

合宿初日は朝の内から小雨から本降りになり、新チェーンオイルの耐水性、防錆性、潤滑性の評価に適した荒天になった。

今日まで総合評価:○
作業性:◎、比較的低圧エアゾルなので使いやすい。細ノズルが着脱式でないのも良い。臭気は殆ど無い。
乾燥性:◎、前処理にもよるが、鉱油系ディグリーサ+パーツクリーナ(炭化水素系溶剤)で乾燥後に塗布したので最高の条件の結果。
耐水性:◎、テフロン系の共通した優位点。
潤滑性:○、動きは軽く滑らかで、ねっとり観は皆無。
防錆性:○、走行後、水分を振り落とした程度で自然乾燥。翌朝錆びの発生は皆無。今後の継続確認要す(チェーンは新品ではない)
清浄性:?、未評価
耐久性:?、未評価
価格:×

2003.03.13

本業の性なのか?

昨日は水曜日。
男は水曜定時を年初に決め込んだが、実行できたのは1回か2回。

この日も急な仕事の締切日(決して随筆/出版業ではありませぬが)だったので、午前様を覚悟したが.....ドラフト(予稿)作成者が予期せず難航。結局、ドラフトが出来上がらず男の出番は無い。で、帰還を決定。

チェーンオイルにテフロン入りのワックスタイプを好んで使用しているが、正直なところ冬場は使い難い。理由は簡単、ワックス分は精製度を上げても所詮低温で固化しやすいのは自然な現象なのである。

で、何か良いものは無いか?という乗りで殿村ショップに立ち寄る。一応(失礼)店員のアドバイスを聞く。薦められて買ってしまったのは....内容量180ccで3500円也の某メーカのエアロゾル製品。たった一合で3500円とは詐欺に近い?こんな製品が飛ぶように売れたら、男の本業も安泰なのだろうが.....

兎に角使ってみよう。経過はここで紹介予定です。尚、グリースは自転車には無くてはならない潤滑剤ですが、赤いグリースですばらしい製品を知っていますか?これについては後日紹介予定。

2003.03.11

さいたま市は4月1日から政令指定都市になります

男はなることは知っていたが、もうすぐらしい。

旧与野市は新都心の一部を加えて「中央区」に。
何ともこっぱずかしい区名で、これじゃあ今後も愛着なども沸きそうもない。

与野という(おそらく)由緒ある地名が消える日も近いのか。JRの駅名には4駅も残るのにだ。男がこの地に引越しを決めた時は、その歴史や由緒を感じる名前が嫌いではなかった。

見沼区では反対意見が相次いだとか。男はこういう地名は努めて残すべきだと思う。語感からくる馬鹿げた反論など気にすることはないのではないか。

でも、北区、西区、南区、緑区などひどい新地名が多い「さいたま市」のスタートとなりそうだ。

2003.03.10

ウィルスメールがザックザク

ここ数日間、怪しいメールがザックザック来る。
きっと誰かのPCに感染し、勝手に送信しているのではないか。等の本人も四苦八苦なのかも知れない。

アドレスといい、添付ファイル付きといい、タイトルが簡単な英語。危ないのは差出人の名前が知り合いらしい名前がちらほら有る事や、ソフトのアップデートのお知らせっぽくなっている点。

あ~気持ち悪い。こんなに毎日来るのは初めてだぞ。

2003.03.08

今日3/8の練習

日記の更新が滞り気味だ。
理由は簡単、時間が無いのと、日々の生活で気付いていた筈のネタを忘れてしまうため。全てが業爆のせいにしたい。

忙しい1週間が瞬く間に過ぎた。週末の帰宅は出来るだけ早くしたいが遅めの帰宅。帰路この1週間のご褒美に好きな「ワイン」と、翌日の補給食とボトルに入れるスポーツドリンクも買った。春を感じさせるような気温が自然にそうさせたようだ。「明日は走れる」

いつもと同じ6時に起床し、ゆっくりと準備し、集合20分前に家出し8:00チームの皆と合流。向かい風の強風の中、まだまだぎこちない7名ローテーションで平和資料館駐車場へ急ぐ。以前と違うのは皆が上手く廻そうという意思統一が出来てきたこと。夏までにはそれらしくなるか。

今日は横松郷と定峰峠。数日前の雪が心配されたが、それ程でもなく定峰では車両通行止めの中、貸しきり状態。先頭グループが頂上で折り返すメニューなのでゆっくり目のマイペースで淡々と、今日は不調そうな杉山さんとランデブー。登り残り1km弱で折り返しグループに合流しUターン。物駐からの帰路は毎週続けての「パンク」休憩。もっともその時先頭は自分。路上の砕石を直前で見つけて後続に合図を出したが、番手に付けていた米谷さんを犠牲にしてしまい申し訳ない。
約10分で強い追い風の中再出走。パンク停止時間を除くと平均時速31km、物駐から集合地点まで1時間を切る、楽チン高速な帰還。

終わってみれば全道中、今シーズン最長の7時間144km。参加のチーム員皆に感謝。

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