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2002.10.28

10/27:「百か日」供養ラン(1000文字超の長文)

身近な方が亡くなると色々な法事の意味を知ることができる。
私の郷里では「ひゃっかんち」と発音されるこの供養。没後百日目の供養で、残された親族は百日を前後しても喪中であることは変わりないが、気持ちの整理、区切りを付ける日だそうな。

では初七日から出来るだけ続けてきた「供養ラン」も区切りを付けようと最近少し強くなってきた佑介をアシストにLMD(中強度で長距離を乗ること)を企てた。前日は雨練で家族の顰蹙を買ったが、この日は絶好の秋晴れ。折しも北西の風強く、帰省道中殆ど向かい風で天気まで充実した練を支えてくれた。

夏以降何度か通ったルートであるが、そのまま行ったのでは90kmにも満たないので最近の男には少し甘すぎる。ペースを上げるというのも良いのだが、二人ではそうは続かないだろう。再来週のTD沖縄80kmを意識して、後半に峠をひとつ組み入れたいが、関東平野の末端までの100kmでは適当な峠は通過できない。

色々策を巡らし、太田-桐生-薮塚の境界に(たぶん)由緒ある峠があったことを思い出す。その昔、車で数度走ったことがあるが、およそ地元の方は自転車では通過しないルートの筈である。

郷里の菩提寺集合を11:30とし、少し遠回りの100kmを3時間30分と見積もり、8:02出発。入間大橋まではウォーミングアップ。今日の荒川の向かい風は予想以上の接待をしてくれそうでウシウシ。アシストはこの先難儀しそうだとぼやいているが、私の練メニューには丁度良さそう。アシストと言えども、毎度の事ではあるが彼はルートを完全に記憶している訳ではないので、千切るわけにも行かない。適当に先頭交代して1時間24分で35km地点、大芦橋で自転車道から一般道に。

対岸に渡り、吹上名物「コスモス」の中を進むと、中学生らしき競歩大会に遭遇。対向していたので被害は最小であったが、通過し終わるまで結構難儀した。道幅一杯に向かって来るは、下を向いて歩くは、大声で喋りながら...北本のどこかであるが、彼らの名誉のために校名は伏せておく。1時間44分で44km地点、荒川土手から離れ熊谷市街へ。川を離れると向かい風は一段落した。
(続く)

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